転機が訪れたのは、2017年の春、私が57歳の時でした。家族とともに北海道・ニセコでスキーを楽しんでいる最中、大きなケガを負い、脊椎を損傷してしまったのです。その結果、首から下が完全に動かなくなりました。医師からは「身体能力を取り戻すには、リハビリを一生続ける必要がある」と告げられました。
イギリスの自宅に早く戻りたい一心で、通常の倍のリハビリプログラムをお願いしました。初日のハードなリハビリを終えた私は、夕食後すぐに深い眠りに落ちました。深夜、目を覚ますと病室は静寂に包まれており、その瞬間、不意にアイデアが降りてきたのです。ケガを通じて死を意識し、欲望が薄れた結果、瞑想に近い状態にいたため、この発想が生まれたのかもしれません。そのアイデアとは、法定通貨をデジタル化するプラットフォームを構築し、現金のいらない社会を実現するというものでした。そして最終的には、金融のあらゆるプロセスを自動化するオペレーティング・システム(OS)を開発するという壮大な構想へとつながりました。
会社設立に向けて、私はペイパルやアップル、グーグル、アマゾンといった企業を徹底的に分析しました。彼らのビジネスはすでに電子化された市場の15%だけを対象としており、加盟店開拓などに莫大な投資が必要なモデルであることが分かりました。しかし、それらのテック企業は世界の85%を占める現金決済市場については視野に入れていなかったのです。そこに私は、GVEが進出できるブルーオーシャンがあると確信しました。
私の考え方の特徴は、まず未来を想定し、そこから逆算してシナリオを作ることにあります。たとえば、数十年後に紙幣や硬貨がまだ流通しているかと問われれば、多くの人が「現金はなくなるだろう」と予想するでしょう。その未来を前提に、現金が消えた社会を実現するために必要な要素を洗い出すことで、シナリオが見えてきます。
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、お金は人間にとって最高のストーリーだと述べています。紙切れにすぎない紙幣に価値を見出せるのは、人間だけなのです。お金の歴史をひもとくと、その発展は非常に興味深いものがあります。お金の起源は、石や布といった物品に価値があると認識し、それを保存・交換するという人々の合意から始まりました。民間で生まれたお金が、国家によって発行されるようになったのは、実はごく最近のことです。私は未来を描くハリウッド映画を見て、そこで描かれる次世代の世界観が妥当だと感じたとき、その中で自分がどう貢献できるかを考えるのです。